俺のこと見てくれなくても結構です。
結構ですから、どうか。

あなたの側に、居させて下さい。





『とある日の午後』




「山崎、茶」

屯所の一室に乾いた声が響いた。

「あいよっ」

静かに後ろに控えていた山崎と呼ばれた男は、すっと立ち上がって部屋を出ていった。
日差しが暖かい午後、土方は書類の整理の後に新しく手に入れた書物を読みふけっていた。
ふとページをめくる手を休め、後ろを見やる。
出ていった時に閉め損ねたのだろう、少し隙間の空いた襖から庭が見えた。
ふぅ、とため息をついてアノヤロウ、と思った。
少しばかり抜けているのは、新撰組に入隊したての頃と何一つ変わらない。

少し短くなった煙草の灰を落とし、銜えなおす。
暫く庭を眺めていたが、お茶を持ってくる山崎の足音が聞こえ、また書物に視線を戻した。
程なくして襖が開き、山崎の悪戯っぽそうな顔が覗く。

「こないだ買って来た明石家の栗羊羹、二人で食べちゃいません?」

スッと出された盆に湯呑みと並んでいたのは確かにあの明石家の栗羊羹で、
でかしたという顔をして見せたらにっこりと笑ってササッと部屋に入り、今度はちゃんと襖をキッチリと閉めた。
山崎は向かいに座ってトン、と軽い音を鳴らして湯呑みを置き、小気味よい音を鳴らしながらお茶を注いだ。
肩まである黒髪が柔らかく揺れる。
それを横目で見ながら煙草を灰皿に押し付けた。

「副長、お茶です」
「あぁ、悪ぃな」

入れたての熱いお茶を受け取り机に置く。
横にある開きっぱなしの読みかけの書物をどうにかしようと辺りを見回した。

「でもって、これが栗羊羹ですぜ」

その声に視線は自然と羊羹に注がれる。
薄くでもなく厚くでもなく切られた栗羊羹は流石老舗の和菓子といった所だろうか、
惜しみなく使われている恐らく普通よりは値の張るであろう栗がなんとも豪快で、尚且つ上品な風貌だった。
そして意味はあるのかないのか、御丁寧に金箔までかかっていた。
どこぞの銀髪の好きなそこらのパフェより高級なのは一目瞭然だ。

「沖田さんがいたら間違いなく一人で食っちまうと思ったんで非番の日を選んで出したんですが…あんまりでしたかね?」

山崎は苦笑いを浮かべて尋ねた。
沖田にバレたらまず当たられるのは山崎だ、間違いない。

「総悟にはやんなくていいぜ。いつも俺に何かとたかってくるんだ、アイツは」

フン、と冗談混じりに笑いながら書物にしおり代わりにと横にあった書類を一枚取ってそれを挟んだ。
山崎はそれを見逃さない。

「ちょっ、副長!それ大事な書類じゃ…」
「構やしねぇよ。どうせ過激攘夷派の連中の資料だ、もう目が腐る程見てる」
「でも…」
「それより羊羹食おうぜ、羊羹」

マイペースに爪楊枝に手を延ばした土方に飽きれ顔を見せないよう、山崎も早く食べたいと思っていた栗羊羹に手を出した。

まずはお茶で口内を潤す。
そして爪楊枝で滑らかな茶色に突き刺したのをお互い確認し、同時に口に放り込んだ。
もぐもぐという文字通りに無言で食す。
暫しの沈黙が、室内に妙な緊張感を漂わせた。

「…山崎ぃ」
「副長ぉぉぉおお!」
「やべ、うめーわコレ…」
「オレ、生きてて良かったっす!ホント良かったっす!!」

たかが羊羹、されど羊羹。
老舗明石家の実力を味覚でひしひしと実感しながら、二人はあっという間に皿の上から栗羊羹を消した。

「あー…幸せってこういう事を言うんですねぇ…」

満足そうな面もちで山崎は土方を見ながら言った。
お茶を啜りながら土方は頷く。
世間は決して平和とは言えないけれど、少なくとも今の二人は間違いなく幸せだった。

それぞれ違った理由で、だが。

そこまで考えて山崎は思考を止めようと思った。
考えるだけ空しくなってくる。
しかし止めようと思えば思う程考えは募る。

『総悟にはやんなくていいぜ。いつも俺に何かとたかってくるんだ、アイツは』

ふと思い出した。
沖田の名前を出したのは自分なのに、さりげなく二人の仲を見せつけられたようでなんとなく悔しかった。
ホントはもっと、誰より近くにいたいのに。
…無理な事はわかっているけれど。
だったらいっそ、この気持ちを吐き出してしまおうか?
でも、伝えなければ側にいられる今の状況を手放す気にはなれなかった。

到底、なれなかった。


「あー…なんだか眠くなってきたかも…」

食うだけ食っておいて眠くなった、だなんて。
子供じみた、というより本能に忠実な人だなぁと山崎は思った。

「マクラマクラ…」

ありもしないものを探す様は、やはり子供のように見えた。

「…山崎、膝貸せ」
「…は?」

まともな返事も出来ないまま、膝の上に遠慮なく土方の頭が乗った。
事態を把握出来ずに硬直する山崎を他所に、土方は「思ったより気持ちいいな」等と言いながら目を瞑る。
程なくして寝息が聞こえ、己はのび太かと思いつつも長い睫毛を見た。
普段の開かれた瞳孔は瞼の下に隠れ、眉間に皺のない滅多に見ない顔がそこにあった。
綺麗な人だなぁ、と思う。
新撰組に入る前のゴロツキの頃の、今の自分より遥かに長かった髪も今はない。

「…何してんだ?」

気がつけば、いつの間にやら土方の髪の毛を撫でていた。
実際には頭を、が正しいのだが。

「は、やっ…べべべ別に、なにも…!」
「あぁ?」

土方は頭を上げて山崎を見やった。
膝の体温を惜しく思いながらも慌てた様子を見られて恥ずかしくなる。
なんて滑稽だ。

「…ぁ、あー…あっ、そうだ!副長、もう湯呑み下げても!?」
「…ああ」

カチャリという音を立てながら皿と湯呑みをお盆に乗せて、山崎はさっさと部屋を出ていってしまった。
その様子を見て、土方は深い溜息をついた。

「…そんなに急いで出てかなくてもいいじゃねーかよ」

室内に声が漏れる。
当然、既に部屋を出て廊下を歩いている山崎には聞こえる筈もなく。




*****
某土山サイトさんに愛を込めて。

20041116




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