多分僕らはとても不安定な場所にいて。
でもそれが一番心地いいって事も知っていた。



ゴワゴワした空気が嫌だったからベランダの窓を開ける。
部屋の空気がぐるりと回り、外の空気と混ざって息苦しさは若干収まった。
大した家具もなく殺風景な部屋には布団が敷きっぱなしだったし、服も脱ぎ散らかしたままだった。
生活感だけは、やけにある。
お前、部屋くらい片付けろよ。
自分の事を棚に上げて注意する。
すると思った通り太い眉を寄せ、ただでさえ深い眉間の皺を更に刻んだ。
そんなに力んだら頭、痛くなんねぇ?
茶化したように言ってしまった為、多分、いや絶対、頭が痛くなったはずだった。
刻み込まれたそれがより一層深くなる。
こんな顔で外を歩けば声を掛ける者など殆どいないだろう。
力強くしかし静かに帰れと言われ、細い黒目に睨まれる。
ヤだね。絶対帰んね。
敷きっぱなしの布団にダイブし、ゴロリと転がりながらいつものように返す。
そう、気付けばいつだって相槌の代わりは否定の言葉だ。
ちゃんと手土産だってあるんだ、もてなせ。
枕を抱き、丸まって言うとわかったからそいつを離せとぶん取られた。
寝転がった自分はどうやら放置されてしまったらしい。
特にする事もなかったので、台所に立ち、しぶしぶ茶を入れているであろう背中を見やった。
重力の影響を受けない視界はその出来事がまるで嘘のような気持ちにさせるほど非現実的だ。
そんな枕を失った今、手持ち無沙汰な左手は無意識に包帯をなぞるだけ。

前触れは、あった。
振り向くその手には湯のみが握られていたし、実際それを卓袱台に乗せて持って来た。
そしていつまでたっても一向に動こうとしないこちらを窺ったのだから。

「さっさと来い」

大した家具もなく、殺風景な部屋だからだろうか。
声が、しんと響く。

もしも。
手を伸ばせば届く距離に、もしも立っていたならば。
迷う事なく引きずり込んでやったろう。
しかし残念な事に距離は三歩ほど及ばず、かなわなかった。

これでも大分距離は詰めた気はするのだ。

射る目に怖じなくなった。
無防備な背中を見れるようになった。
言えばもてなしてくれるようになった。
チョコレートケーキを食べてもらえた。

だから、きっと。

一人を嫌って独りになるような馬鹿な考えを打破するまで。

あと、三歩ほど。




2007.10.17

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