兄貴は平気でキスをする。



グラグラ、もっといえばグワングワンする。
口を塞がれて必要な酸素が足りなくなり、脳内は既に酸欠状態だ。
一度離された隙を見て必死に空気を吸い込む。
慌て過ぎて今度は咳き込んでしまった。
仕方がない。
だって唾液の量が多すぎる。
すると息は口だけでするもんじゃないよ、と笑われた。
わかってる。
それが出来ないだけなんだ。

全てを知った様な口振りで、いつだって上からの物言いは変わらない。
どうしてと言ってもまともな返事が帰ってくる事は無いからとうに諦めている。
だから聞くのを止めたのは本当に前のことで、いつから聞かなくなったのかも忘れてしまった。

相変わらず頭はグラグラするし、体温だって上がってきている。
ありったけの力を込めて腕を突っ張ると口の端を上げて見下ろされた。
目を細めたそれに、酷く居た堪れなくなり被虐者の気持ちになる。
鼻がツンとしたのでああもうすぐ出る、と思ったものは幾分早く出てきてしまった。

「そんな顔するなよ」
「…んな事、言うな」
「俺がいじめたみたいじゃないか」
「…そう、じゃんか」

そうなの?
聞かれても返せない。

微温みを帯びた粘膜が右の目尻を撫で、器用に折り込んだ。
取りこぼした左は頬の真ん中で拾う。
つつ、と降りる舌にいやらしさはない。
それが、こわい。

「お前、何がしてぇんだよ」

決して視線を合わせる事はしない。
喉元を見る勇気すらないから目のやり場に困った末、加虐者の肩口に収まった。
何も悪い事はしていないのに気後れしてしまう。
視線が痛くて熱い。

「良守を喜ばせたいだけだよ」

言っていることが理解できないのは歳の差のせいじゃない。
動く唇をつい目で追ってしまったのは偶然でもない。
唇を合わす事に慣れない自分がそんなもんで喜ぶはずがない。
それを知った上での所業なのだ。
実に勘弁願いたい。

チラとだけ視線を合わせ、嘘つきと毒づく。
こんなちっぽけな毒じゃ動じない事くらい知っている。
一瞬眉が下がったのは気のせいだ。
だって、被虐心が消えない。

「そう?」

嘘つき?オレが?お前じゃなくて?
その含み笑いはいつもは読み取れない続きを安易に読み取らせてくれた。
わざとだろう。
そうなってしまうともう駄目だ。
言葉が続かないで口籠ってしまう。

いつだって堂々巡りだからきっと続くであろう展開がよくわかる。
成長しないのではなく、結局は受け入れてしまっているから。
この後きっと、きっとこの手は。
少しばかり落ち着いたこの両の肩を再度掴み、



兄貴は平気で。





2007.09.01
thanks:リライト
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