驚いた事に、あれからもう四年以上も経っていたらしい。
月日の流れる早さには、あらためて驚かされる。
徐(おもむろ)に自分の両手を広げ、眺めた。
あの時より確実に大きくなっているはずの手のひら。

掴めなかったものは、何だ。





回想録





アスマが死んで、仇を討って、それから。
色んな事があったんだ。
色んな事を思った。

まず、アスマが死んでも世界はなんら変わらず朝と夜を迎える事。
死を共に悲しんだはずの人々が、数日後には笑って横を通り過ぎる事。
自分の罪は決して消える事はないという事。

どうしてもっと世界は悲しみに暮れないのだろうと頭を抱えた。
だってアスマが死んだっていうのに。

その頃の自分は馬鹿だった。
とても愚かだった。
『死』なんて現実、自分のごく身の回りに起きないと実感できないなんて。
全てが後手すぎて笑えない。

驚いたのは、アスマの死を肯定しかけた時の事。
純粋にすごいと思った。
否定したってアスマが帰って来るわけではないのだ。
それが分かると無理にでも受け入れる体勢になるんだと、初めて知った。

自分の心が変わるのが恐かった。
でも、心のどこかで思ってた。
アスマがもし居なくなっても、自分はきっとこれから先、いつかは笑える日が来ると。

忘れる訳じゃない。
ただ、頭の中を占める面積が減るだけ。
小さく小さく折り畳んで、圧縮して、絶対に思い出せる箱に大事に仕舞って。
人間の便利さに驚いた。
人間は忘れる生き物だと誰かが言っていたのを思い出す。
苦しい事、辛い事、忘れなくちゃ生きていけないと。

忘れたくない。
忘れたくないから覚えておきたいのに。

だんだんと記憶が薄れていく。
勝手な想像を付け足して、切り取って、加工して。
事実が事実で無くなって行く。

美化したくなかった。
アスマからもらった大事な想い出を、できるだけそのまま保存したかった。
死ねばそのまま保存できると戯れにも思って、そしてその瞬間苦笑した。
アスマが死んだからといって自分も身を投げるほど、アスマに傾倒していた訳ではないのだ。

つまりはそういう事なのだ。

キスもした。
セックスもした。
すきだと口に出した気がする。
そして同じ言葉を返された記憶も、多分、ある。
記憶を改変していないのであれば。

それでもきっと自分はアスマがいないこの世の中を生きて行く。
平然と、生きて行く。
きっといつかは笑って、そして生きて行くんだ。

アスマと出逢った事すべてを肯定的に捉えるようにして
アスマから言われた事すべてを拾えるだけすべて拾って大事にして
アスマにしてやれた事を、してもらった事すべてに意味を持たせて

美化して。

きっと生きて行く。

いっそ出逢わなければよかった、だなんて子どもじみた事は言わない。
出会いがあった瞬間からいつかの別れがあるのだという事はわかっている。
けれども『いつかの別れ』の為にそれまでの間を悩むような事はしたくなかった。
そういうもんなんだろう。
きっと、みんな。

葬式に行くと、よく思う。
繋がりが強くとも弱くとも、それぞれ死んだ相手と自分との想い出を思い出す行事だなあと。
今まで記憶の片隅にあった記憶を引っ張り出してきて、色々思う。
もうその人との想い出をこれ以上増やす事などないという事に、悲しむ。
思い出して、こうだったよな、ああだったよな、と死を受け入れる準備をしている。
死んだ事に関しては何ひとついい事など無いけれど。

まったく、葬式なんて誰の為にあるんだか分かったものではない。
死んだ人を供養する為に、そしてこの世に残った人の宛の無い感情を共に弔うために。

繰り返そう。
死んだ事に関しては何ひとついい事など無かった。
アスマが死んだ事によって産まれた自分の感情だとか、行動だとか、発言だとか。
全てを否定する訳ではないけれど、それでも敢えて言おう。
いい事など無かったと。
そんなもののお陰で自分が成長するのならばいっそ成長などしたくなかった。
それでも、今の自分はアスマの死の上にある。
そんなの望んでいないのに。
いつまでたっても自分の想い通りにならない自分の人生に悲しむ。
そして気付くんだ。
簡単に想い通りになる人生など、と。

アスマと自分の物語はここで終わった。
けれども自分は生きている。

自分が生き続ける限り、自分とアスマの想い出は、改変されつつも自分の中にのみ、残っているのだ。





アスマが死んで、仇を討って、アスマが愛した人に会って。

ちゃんと眠ったのは久々だったかもしれない。
だからなのかもしれない。
夢を見た。

沈んだ船の先に光を見た。
ゆらゆらと揺れる、けれどもしっかりと芯のある灯火。
これを目印に行けば、アスマの見たかった世界が見れるのではないかと。

おかしな話だ。
アスマはもうこの世に居ないのに、アスマの事ばかり考えている。
それでも過去にとらわれているのではなく、未来を見ているなんて。
アスマと自分の物語はとっくに終わっているはずなのに。

まだ見ぬ未来に、もう居ぬ未来に、それでもアスマを連れて行く。
記憶の中で、心の中で、忘れぬ限り生きて行く。

あれから四年の歳月が過ぎた。
まったくおかしな話だ。
ちっとも忘れる気配がない。
笑えるよなあ。

あの頃怒られた煙草は、もう誰にも怒られる事なく吸う事が出来る。
あの頃護れなかったものを、今は護れているだろうか。
あの頃頼りにしていたものに、今は近づけているだろうか。

手のひらを握り締め、拳に力を込めた。
懐かしい仕草に、あの頃の自分が今の自分に問いかける。


この手に。


掴めなかったものは、何だ。





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2010 書
20110606up





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