ベッドの上での提案。
それは大事な休日を如何に勿体無く過ごす事が出来るかという、至極贅沢なものだった。




『ひねもす、その人となり』




目を開けると見慣れた天井があって、目を閉じると嗅ぎ慣れた匂いがそこにあった。
中途半端な時間に起きてしまったらしく時計の針は部屋に響く。
少しばかりボーっとして、ああ、セックスをしたんだったと思い出した。

将棋をして、夕飯を食べて、風呂に入って、また将棋をして。
終わらない将棋に眠気が勝ってしまって、また明日しようと提案した。
ああそうだなと返事が帰って来て、それなのに暫く眠れなかった。

ふぅ、と一息つく。
身体がだるいのが一番先にあって、まず動くのが億劫だった。
次に、暖かさ。
人のぬくもりは良いと感じるには丁度よすぎるくらいで、何というか、簡単に手放すには惜しいのだ。
そんな色々が重なって結局ベッドから出られないでいる。
出られないまま、起き上がるのも面倒とまた潜り込んだ。

「…また寝るのか?」

は、と柔く笑うようにして声が掛かる。
起きているなら先に言えばいいのに。
寝ている所を無闇に起こすのを良しとしていないのは知ってはいるが。
それにしても、タイミングが絶妙に、悪い。

「んー…。だって、時間。まだ余裕だし」
「それもそうだな」

言って二秒ほどの沈黙の後、そうだな、と繰り返して何か含んで笑った。
こういう時のアスマは大人っぽいというより、同じ男の延長にいる様な気がして何となく安堵する。

「アスマは?」

背を向け丸まったまま聞くと、オレはまだいいやと言われた。
何が「『まだ』いいや」だったのか不明だったので振り返って表情だけでそれを問う。
すると、もう忘れちまったのかよとまるでこちらが悪い様に言われてしまった。

「今日一日ベッドから動かないゲームだろ」

だろ、と言われましてもそんな約束いつどこで。
呆れて口を閉じるのも忘れてしまう。

「意味わかんねー」

吐き捨ててトイレに行こうと立ち上がろうとした瞬間、手首を強く引かれ再びベッドへ。
背中でアスマの厚い胸板を感じた。

「いやいやお前、言った側からどこ行こうってんだ」
「便所だよ、便所。漏らすだろ。さっさと離せバカ」
「あーいいよ許す。漏らせ漏らせ」
「アホかっ!」

バタバタ手足を動かしてもまるでビクともしない。
本当になんなんだろうか。
構ってほしいならそう言えばいい、後からきちんと構ってやれるのに。
こんなの、機嫌を損ねるだろう事くらいわからないだろうか。

「え、ちょ、本気でヤバいんスけど!漏れるんスけど!相当無理なんスけど!!」
「ベッドから離れられるのは3回、5分間だけだ」
「それ何ルールだっつの!」
「オレルールに決まってんだろ」

いつ誰が何処で何故こんなゲームをすると快諾したのだろう。
今なら自信を持って言える、この大人はアホだ。
いや、大人ですらないのかもしれない。

「あーじゃあ使います、すぐ使います」
「ワンカウント?」
「ワンカウント!」

ようやく拘束を解かれてトイレに駆け込む。
正直ギリギリセーフである。
トイレという所は怖いもので、あの空間に入るともう身体が「出す準備」をしているのだ。
普段は気付かなかった習慣に恐怖しつつ、まるで駄目な大人の嗜好を呪った。

「…で?何のゲームだって?」

『ベッドから離れられるのは3回、5分間だけ』という謎の言葉が気になったので、必要なものは一通り持ってベッドに戻った。
着替え、飲み物、食べ物、本。
時間を考慮したので本当に必要最小限だが無いよりはマシだろう。

「なんだよ、ホントに覚えてないのか?」
「ねーから聞いてんだっつの」
「そうかー」

そう言ってアスマは眉毛を少しだけハの字にして笑った。
少し困ったような、でも嬉しそうな。
その表情は決して嫌いな部類ではない。

アスマ曰く昨夜のセックス中に行った約束だそうで、それに自分は了承したそうだった。
曖昧な記憶を探ると、挿入される直前に何か言われたような気がしないでもない。
でもそういうのはずるい。
素面の今考えると相当恥ずかしい事だが、その時は入れてほしくて堪らなかったのだ。
理性の全てが剥がれ落ちた状態で、ただただ一つの事を望んでいたのだ。
それさえ叶えば後はどうでもよかった。
そんな気分だった。セックスなんて大抵そんなものだろう。

理不尽な約束ではあった。
しかし一日休みを持て余すのと馬鹿げたゲームをして過ごすのとを天秤にかけると自然と答えは出た。

「いいぜ、やろう」

一回のハンデを背負ってのゲーム、悪くはないと思った。



開戦してから刻々と無駄な時間は過ぎて行った。
本を読んだり、新聞を読んだり、テレビを見たり、爪を切ったり。
同じベッドにいながら別々の事をしている。
もともとキバやナルトの様にせわしなく動き回る訳では無い自分としては、簡単すぎるゲームだった。
正直、いつも過ごしているのと変わらない。
暇だとアスマに訴えると構ってほしいのかと聞かれ、それに頷けるほど自分は素直ではなかった。
手の届く場所においてあるペットボトルがもうすぐで空になる。
部屋は熱くも寒くもないのだが、何故だか喉が乾いて仕方が無かった。
理由は多分、わかっている。

太陽がオレンジ色に近くなり夕方を知らせる。
中途半端に明けられたカーテンからオレンジが差し込み、妙な気分になった。
昼だったから、何もなかったのだろうか。
今から何かされるのだろうか。
アスマの家でベッドの上、という状況はいつもならセックスのイメージしかなかった。
だからこそ、同じ状況下で一日中いて何もないというのに気がおかしくなってしまったのだろう。
セックスする為のベッドだとでも思っていたのだろうか。恥ずかしくなる。

「シカマル、」

不意に呼ばれ、自分が思った以上に反応してしまった。
ビクリと体を揺らしたそれにアスマが気が付かない筈が無い。
汗が喉を伝う。

「折角の休みだし、どっか連れて行ってもよかったんだけどよ」

そう言ってアスマは眉毛を少しだけハの字にして笑った。

「金使って遊んでも、面白くねぇかなって思ってさ」

少し困ったような、でも嬉しそうな。
その表情は決して嫌いな部類ではなかった。

任務をするようになって、給料を貰えるようになった。
今まで手に入れられなかったものが、簡単な物なら手に入るようになった。
大人になれば、上忍になれば、もっともっと範囲は広がるだろう。
それでも、金で買えないものを与えたかったと。

「…それが、この無駄な時間?」
「ああ」

そんなの、早く言ってくれればよかった。
やきもきする必要もなかったし、もっと大事に使いたかった。
妙な事を考えなくて済んだし、きっと同意だって出来た。

「アンタ、アホだよ」

アスマは少し困ったような、でも嬉しそうな。

「ああ、アホだよ」

そう言って眉毛を少しだけハの字にして笑ってみせた。





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2009/08/26 書
2012/01/25 上




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