結局は。

安全地帯にいたいのだ。





【siesta】





「別に誰もがするっつーわけじゃないんだぜ」

バールで腹を慰める際に紡いだありふれたどうでもいい雑談の合間、気まぐれに放った質問にパウリーは自慢げに答えた。
そうかそうか、お前はこの街についてちょっとは調べてきてるんだなと至極嬉しそうな顔をしたものだから、どれだけこの街が好きなんだと問いたくなった。

しかしそれを問う事などなかった。それこそどうでもいい話だ。
カクに視線を寄越すとしれっとカップを口に運ぶだけで、どうやら尻拭いをするのは自分らしい。
帽子の鍔(つば)からちらりと覘いた目は『自業自得じゃ』と言っていた。そうだろう。

別に調べてきていたわけではなく、ただ知識として教えられただけだ。
少しでも早く馴染むように。
実際役に立っているのは今の所大工職くらいだ。それと料理。
ウォーターセブンでは近隣に美食の街として知られるプッチがあるからか、比較的食べ物がうまい。
別段楽しみという訳ではないが、料理をするのが苦痛でないのは生きる上で有り難かった。

折角知識として仕入れていた、と言えば仰々しいそれを否定されることに大して不満もない。
そうかと流せばいいだけの話だが、この。

「でもよー、俺もちーと前まではやってたわ。今は流石に無理だけど」

純粋なまでに輝く瞳を、どうしてもまだ見ていたいと思ってしまったのだ。
浅はかすぎる考えに酷く自嘲するが、それを知り、尚且つ理解できるのは幸いなことにこの場でカクただ一人だった為、その場では無いものとして扱った。
ただ、クッと喉で柔く笑ったのを見逃す事が出来ずにいた。

勝手につらつらと話し続けるパウリーに適度な感覚で相槌を打つカクを心底尊敬する。
オレには無理だ。
何度も同じ話を聞き続けるのは。
何度も同じ質問をし続けるのは。

大体、何故こんな馬鹿げた質問をしてしまったのだろう。
別に知らなくてもよかった。
自分が住まっている所は古くもなく新しくもない所で、建物が影になって暑くもなく、風通しがそれなりにいいので潮のニオイこそすれど寒くもない。
夜になれば多少出歩いても誰に見られる事もないであろう、そういう所だ。
そんな場所だから、午睡などしなくても夜は優しいし、部屋が鬱陶しく思う事もない。
昼間はもっぱら仕事をしているし、最近は特に重要な場所を任されてきているのだからそんな時間を取る事すらない。
そんな事、わざわざ聞かなくたってわかっている。
それなのに。

「2年目にしてやっと疑問に思ったか!ハハハ」

別に笑う所ではないだろうに、実に楽しげに話すパウリーを見、口を緩ませる。
カクの動きが一瞬だけぎこちなくなった。
失礼な。断わっておくが、別につられて笑ったわけではない。

気まぐれだ。
ありふれた日常に溶け込む為の。
これは気まぐれなのだ。

こうして下らない話をして笑っていい相手と認識させることができるのなら、それはそれでいいのかもしれない。
丹念に蒔いた種はいつかどこから芽が出るのかわからないのだ。

それをずっと見張り続けるという、非常につまらない日常にはこういったちょっとしたスパイスがあった方が楽しいではないか。

そうして自分を言い包めた所で丁度、いや、ようやっとパウリーが重い腰を上げた。

「御馳走様、ルッチ」

にかっと笑うそれにつられる事なくアホかと放ち、またカクが喉で笑った。

サディスティックな面を持ち合わせている訳では決してないが、信頼していたと思っていた奴に裏切られた時、こんな風に笑うコイツはどんな顔をするんだろうと思うと酷く可笑しくなる。

醜悪に上げた口角は、夜の闇によって誰が知る由もない。

知らなくていいのだ、パウリーは。
とうに成人しているというのに未だに少年のような眼を持つようなこの男は。

見られるのは一向に構わない。
ただ。
この平凡極まりない日常に浸るのも悪くない、と思ってしまった自分がいるのも事実。

…そう。

結局は。
安全地帯にいたいのだ。

少なくとも、今は、まだ。










ガレラ処女作。
2007/02/26





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