「…アンタと一緒になっちまった」

びしょ濡れのシカマルが家に尋ねてきた時には既知の事実。
どうやって声をかけていいのかわからなかった。
あの時、自分もこんな風だったのだろうか。

「とりあえず、上がれ」

虚ろな目はまるで何も見えてはいなかった。
ふらふらしながら玄関を水浸しにし、オレの方を見ようともしない。
顔はこっちを向いているのだが、目が。

奥からバスタオルを2、3枚持って来て、コレを使えと一つ放り投げた。
もたもたしながらベストを脱ぎ始めたシカマルの動きはまるでスローモーションで見ている様だ。
びちゃりと水音を立ててベストが落ちる。
下を向いたまま、不意にシカマルが声をかけてきた。

「慰め合いを、しませんか」

ハッキリと聞こえた。
迷い等微塵も感じられないその声は。
冷静すぎて、恐かった。

「…慰めてなんかやんねェよ」

投げるように答えた。

受け入れなくてはならない。
乗り越えなくてはならない。
割り切らなくてはならない。
向き合う事を恐れてはならない。

自分も、そうだった様に。

「アスマのこと考えろ。馬鹿かお前」

なるべく辛辣な言葉を選んで、グサリグサリと刺していく。
お前はなっちゃいけないんだ。
オレみたいな男に。

「オレだって今のお前みてーなヤツ、抱いたって楽しかねんだよ」

逃げるな。

「お前の中のアスマも死んじまったっつーのかよ」

腐るな。

「どうなんだよ。あ?」

あの時のオレみたいに、なるな。

胸ぐらをガッと掴み、平手を喰らわした。
なるべく音が響くように。
けれども腫れないように。

90度と少し、シカマルの首が回った。
少しだけ眼に色が戻ったように見えた。

「……またオレは、守れなかった…」

蚊の泣くような声は外の雨音に消されそうになったけれど、かろうじて聞き取れた。
震える声が、だんだん芯を持ってきた。

「…いつだってオレは無力で…大切な、仲間を…守れやしねぇ………!!」

平手を喰らったままの顔は横を向いていて、唇だけが上下している。
表情はあまり見えなかったが、確かに涙が顎から落ちていた。

「あの時だって」
「もう、いい」

抱き締めるとは違う。
頭を抱え、ポン、ポンと掌を置いた。
肩がじんわりと濡れるのがわかったが、そんなことはどうでもよかった。

「シカマル」

諭すように。

「無茶な仇討ちは、考えるな」

自分に言い聞かせるように。

「感情の昂りは思考を乱す。…わかってんだろ?」

気持ちは痛いほどよくわかるんだ。

「…だから、今できる事の全てをしろ。情報は得たんだ、先手を打て」

わかるからこそ。

「…でもって、綿密な計画を立てて、追い詰めて、嬲って」

言うのだ。

「殺せ」

あるまじきことである。
忍がこんな事をいうのは。

世間が許してくれなくていい。
いっそ許さなくていい。
これは、己の問題なのだ。

「風呂、入んな」

もう一つのバスタオルを頭に乗せてやった。

ここから始まるのだ。
いつ決着がつくかもわからない、長い長い、弔い合戦が。

この、玄関から。




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20061024




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