「あ」

そう言うより早く、左の親指を駆け上がる痺れにドキリとした。
幸い急須を取り落とす事はなく、被害は少ない。
すぐに冷水をと蛇口を捻ったものの、今の時期の水はとても堪え難い。
一応の体裁を保ったので冷やすのもそこそこに、あらためて急須を握る。
お茶を注ぐ。飲む。うまい。
左の痺れなんて放っておいてもすぐ治るだろうと気にしない。
言わなければこんなちっぽけな痛み、誰も気付く事などない。

「いってきまーす」

声をかけるが母親が来る前に扉を閉める。
扉の向こうで母親の怒鳴り声が聞こえたが、大丈夫、いつもの事だ。



任務が終わり、解散前。
アスマに呼び止められて面倒臭くも足を止めてやる。
一応の、上司だ。

「お疲れ」
「どーも」

簡単な、挨拶。

「指、大丈夫か?」
「え」

どうしてだろう。

言わなかった。
言う必要が無かった。
それなのに。

確かにあの後暫く気になって少し人差し指で親指を遊んだかもしれない。
なぞって、痛みを確かめて。
それでもわざわざ心配されるようなものでもない。
自分が言わなければこんなちっぽけな痛み、誰も気付く事などないはずなのに。

「大丈夫ッス」
「…そうか。ちゃんと冷やしとけよー」
「うぃっす」

アスマに言われなければこんなちっぽけな痛み、既に忘れていたのに。
自分だけが気付いて、自分だけが忘れて、それでよかったのに。

「気付くなよな…」

アスマが完全に見えなくなってから、はぁ、と溜め息をついた。
こんな調子だから、きっと全て見透かされているに違いない。
だから言いたくないし、言うつもりもない。

きっと自分を保てない。



気付くな。

アスマにも思うし、自分にも思う。



この気持ちに、気付くなと。





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20101229 ?
20110606 up
冬コミ配布ポスカより




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