31.羽根

逃げてしまいたい。
そう、思った事があるよ。

彼は少し照れながら鼻の頭を掻いた。
消極的にも聞こえるそれは、何だかとても珍しくて。
もしこの背中に羽根が生えていたら、あの青に飛び込んでいけるのに、と。
呟いた声は、今もしっかりと耳に残っている。

馬鹿だなぁ、らしくもない。
オマエは羽根なんか欲するキャラじゃないだろう。
どちらかといえば、それすらも面倒くさがって地に根を張ってしまう方ではないか。
そして空を仰いで今日も平凡ながら幸せだったと笑えばいい。
珍しくそんな事をいう彼は、きっと居場所を探しているんだ。

早く気付いてくれないかい?
オレの隣が空いてることに。

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2005/09/21




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33.意志

それはあまりに儚すぎて。


「先生」

呼ばれるようになったのはいつからか。
出会ってから3年。
呼称は着実に変わっていった。
それは何がどうあってそうなったのかわからないが、確かだった。

「どした?」

そしてそれに動じなくなっている自分がいる。
どうしてだ。
初めの頃は、むしろそう呼ばれたいと思っていたはずなのに。
動じていたい。今はまだ。

「今日空いてますか?」
「ああ。じゃあ先に行っててくれ」

何だろう、これは。
この型にはまったような会話は。
もっと近くにいたいと思っていたのに、本当はそうではなかったのだろうか?
いや、今もその気持ちは変わらない。

いっその事もう教師と生徒なんかじゃないと言いたい。
ただの上司と部下なのだと。
けれども他人と一緒に括ってほしくはない。
この矛盾が消えることなどない。

怖れている。
あまりに怖れている。
均衡を崩すことが一番イヤだと言うことを知っているからだ。
変わったのはあちらのはずなのに、まるで何事もなかったように澄まし顔。
そのお陰でこちらも変わらなくてはならない。
均衡を保つ為に。
波風を立てぬように。
己の意志で動いているようで、実際はアイツの掌の中。
なんとも不快だ。
そして愉快だ。

大人ぶった態度なんてものを見せることに何の意味があろう。
それを望んでいるかさえもわからなくなってしまっている今では、まるで意味がない。
そわそわした態度を見せたくないのは自分を良く見てもらいたいから。
かっこいい、大人な自分に焦がれてほしい。
その黒い眼で熱く射てほしい。
そしてオレをすきなお前を、すきになりたい。

ぐるぐると頭を巡る思考に苦笑してしまう。
どうしたらいいんだろうな。
お前の意志を一番に尊重したいのに、オレはあまりに自己中すぎて。

オレを欲してるお前を目の前にしても、もっとすきなれだなんて。
欲が出てしまう。

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2006/08/08




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37.四季

また、今年も同じだ。

オレにはまだ来ない春が、世間的には到来する。
これでもか、と言わんばかりに散る桜。
そこら中をピンクに染め上げて、「キレイね」という彼女を引き立たせる。

うだるような暑い夏が到来する。
体温調節の為に露出された肌が眩しい。
パキンという音を立てて、ソーダアイスバーを何度二つに割っただろう。

乾燥した冷たい風が吹く秋が到来する。
キンモクセイの香りが辺りいっぱいに広がった。
読書の秋だからと言われ、何故かオレの部屋に篭って二人して本を読み漁った。

ちらちらと白い雪が舞う冬が到来する。
家族ぐるみの付き合いなので共に年を越す。
手が冷たいなどと理由を付け、大して暖かい訳でもない自分の手で一回り小さい手を覆った。

何年繰り返したのか。
何年黙り続けるのか。
想いは未だ明かされる事などなく。

そろそろ気付いてくんないかな?

バカみたいな考え。
なんて押し付けがましい感情。
伝える勇気が無いのなら、求める権利も無いというのに。

それでも変わらず春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来て。
共に過ごせるのなら、これ以上求めない。
そんな考えは、どうやらオレには無いらしい。

「いの」

呼べば無条件で振り返る。
その笑顔も。
時間も。

「なぁに?」
「…なんでもね」
「なによソレー!」

オレのモノ。

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2005/11/27




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38.プレイス

思い出す。
あの、場所。

久しぶりに足を運んだアカデミー。
用事がなければ殆ど来る事などない。
昔と何ら変わらなかった。
思い出はそこにあった。

階段を曲がってすぐの教室に入る。
そこはアカデミーの中で一番馴染みがあって、一番好きな場所だった。
この教室の窓際の席。
今はもう机や椅子が小さく感じられて少し窮屈だったけれど。
間違いなく、自分の好きな場所。
この窓から見たあの背中を今でも覚えてる。

当時アカデミーで有名だった人物、はたけカカシ。
銀色の髪はすぐに眼につくはずだったが、それもその筈。
同い年の彼は、眼に見えぬ速さで卒業していった。
擦りも、しなかった。
辛うじて、授業中にこの席から一度、後ろ姿を見ただけ。
それは彼の人生には自分はまるで必要ないと言っているようで。
酷い嫉妬心、そして闘争心が生まれた。
忍者として、人間として、1人の男として。
この者と肩を並べたいと思った。
超えたいと思った。

ようやく自分がアカデミーを卒業した頃、彼は手の届かない所にいた。
既に中忍になっていたのだ。
それでも構わなかった。
何年かかっても追いつく、追いつけるという自身があった。
その自身は何処から来るのか自分でもわからなかったけれど。
がむしゃらに走ってた。
いつか、君に会えると信じて。


「カカシ…はたけカカシ!」

漆黒の世界で君を見た。
火影直属を表す面と装束。
血のにおいすらしない。
顔は見えなかった。
けれども間違うはずがない。
だって、何年追い続けてると思ってんだ。

「……」

無言の君。
今思えば当たり前だ。
ここで返事なんてしたら、面をつけている意味がない。
足を止めてくれた事に感謝し、一方的に喋り出す。

「オレの名前はマイト・ガイだ!どうだナウいだろ?よろしくな!」
「……」
「もう少し!もう少しだけ、待っていてくれないか!」
「……」
「もうすぐでそっちに行けるから!」
「……」
「だから待っていろ!」
「……」
「暗部にはなれないかもしれないが、上忍としてお前に会いに行くから!」
「……」
「だから」
「来ちゃ、ダメだよ」
「えっ」 

放たれた言葉は銀色と共に闇に溶けて消えていた。

初めて聞いた声。
震えてた。
彼にはいろんな暗い噂が絶えないけれど。
彼の笑顔を見た者は誰もいないと言うけれど。
絶対、綺麗だと思うんだけどなぁ。
顔も見た事がないのに、そう思った。

来るなだなんて言われたら、行きたくなるのが人の性。
追いつく。
追いつける。
追いついてやる。
追い越してやる。

是が非でも。

「ガイくん、何してーんの?」

ガラ、と教室のドアが開いた。
思い出に浸っていたのだと説明してやると、眉毛を下げて笑った。
片目しか見えないが、綺麗だ。

「よし、帰るか!あの夕日に向かって走るぞ!カカシ!!」
「何言っちゃってんのガイくん…!?」

カカシの笑顔はオレが初めて取り戻した。
誰から?とかはわからないけれど。
そんな自意識過剰があったっていいだろう?
神様だって、怒りゃしないさ。

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2006/05/03




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39.フレーズ

私にとって、あなたのいない世界なんてありえない。

運命なんじゃないか。
そう言われて生きて来た。
確かに、そうだと思う。
親同士が仲がよかったのも。
一日違いで生まれたことも。
幼馴染みになったのも。
恋人と呼ばれる間柄になったのも。
運命と言わずして、何と呼べばいいのだろう。

私よりほんの少しだけ先に生を受けたあなた。
あなたはその『ほんの少し』だけ私のいない世界を知っている。
でも、私はその『ほんの少し』すら、知らない。
私にとって、あなたのいない世界なんてありえない。

何かの本で目に止まったそのフレーズ。
自分に重ねては、無駄な杞憂をしていたっけ。

「いの、誕生日おめでと」

毎年変わらず贈られる言葉と、その照れた顔がすき。
あなたに会えてよかった。
あなたをすきでよかった。
ほんとうに、よかった。
この気持ちは変わらないよ。

「ありがとう」

ずっと。

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2005/09/23




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40.泣き笑い

適当につけたラジオ。
目当ての番組はとうに終わったというのに、だらだらとつけっぱなしのそれ。
いつの間にか3つ目の番組になっていて、たまに耳に入る音はだたのBGM。
リスナーの葉書を読み上げては雑談、たまに音楽を流すそのありきたりな流れが嫌いじゃない。
ただ、ベッドに転がりながら雑誌を眺めている今では言葉も音楽も変わりない。

ふと何かの単語に反応してその音に集中することにした。
懺悔することとは、だそうな。
ふうん、と思いながらマニキュアを一つ選ぶ。
開けた時にキュ、と音を立てたことから久しぶりに使う事を思い出した。
3人の男の内の1人が言った言葉に、思わず中身を零しそうになった。

『オレは若い頃、女には性欲がないのかと思ってましたからー』

思わずラジオを振り向く。
誰もいない事くらいわかっている。
マニキュア独特の香りを感じた。

『男に付き合わされて申し訳ないなー、ってずっと思ってました』

続いてそう言わなければ、紺色が親指の爪から大幅にはみ出していただろう。

番組の終盤に、男の名前を知っていた事に気付く。
いくら有名人と言えども、声だけじゃわからないものなのだな。

その番組は初めて聞いたのに、今日が最後だった。
不意にさみしくなってしまったので電話をかけた。
胸をきゅうんとさせながらコールをする。
早く。早く。早く。

早く、出て。

『どした?』

6コール目でやっと出た。
耳を通る受話器越しのくぐもった声がもどかしい。
声が聞きたくなった、なんて正直に話したら、あっちでガシャン!という音が鳴った。

「バカねー…」

勝手に電話を切ってやった。
涙目で、笑った。

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2006/12/30

夏〜秋に書いた文に加筆。
このラジオ聞いた人、いませんかね?




ブラウザバックプリーズ。




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