1.暁

あぁ、と唸るような声が上がった。

外はまだ暗くて、ベッドがギシリと鳴ると部屋に響く時間帯だ。
ただここが忍の里で、徘徊の当番があるということを除けば、人の気配も皆無といっていいほどない。
こんな時間に覚醒はしたくなかった。
数時間前の成り行きに任せた行為は失敗だったのか。
下半身の鈍痛に眉間の皺を一層深め、横になったまま首を何度か回して骨を鳴らす。
案外それが気持ちよくて、隣人を起こさぬようにゆっくりと身を起こして腰も回した。
本当はあまり身体にはよくないのだが、止められない。
いくら神経が切れるかもしれないと注意されても、この気持ちよさの前ではあまり意味など持たない。
この時ばかりはそんなこと、どうでもよくなるのだ。

深く、肺に酸素を送る。
少しばかり身体を解したところであまり変わらないが、それでも多少はスッキリできた。
決して眠くないわけではないのだ。
明日の為にもと再びベッドに潜ると、太い腕が伸びてきた。

「悪ィ、起こしちまったか?」
「うー…ん、だいじょぶ、だ」

こんな時間のやりとりは、誰に聞かれる訳でもないのに何故か小声になりがちだ。
何が大丈夫なのかはわからなかったが、丁度境界にいるのだろう。
放っておけばまたすぐに落ちる。
月明かりも頼り無く、うっすらとしか見えないこの部屋ではアスマの表情は見えなかった。

「おやすみ、アスマ」
「…ん」
「……」
「……ん」
「うん?」
「おやすみのちゅーは?」

いきなり耳元で響く重低音に、おもわず身体が震えてしまった。
アスマに背を向けて寝ていたせいで、背中ががっちりと捕まえられてしまっている。
動くのも面倒で、身体をあずけていたら背中やら首やら髪の毛やらに唇を押し当てられていた。
くすぐったくってならない。

「アスマ、くすぐったい」
「お前もしてくれよ」

身体を反転させて向かい合ったら思った以上に近かった。
何だか急に恥ずかしくなって、はやく背中を向けろと急かしてしまった。
アスマの大きな背中に触れる。
全てが違いすぎて、同じものなんて性別くらいじゃないかと今更ながら思う。
違った個体の生物なのだ。
それが当たり前なのだが、アスマとの間にあるものには差がありすぎる。

夜は嫌いだ。
感慨深くなってしまう。

ああ。
時々襲う虚無感に立ち向かえたらいいのに。

夜は嫌いだ。
女々しくなってしまう。

アスマの背中に軽く口付けをする。
衣服の厚さで殆ど感触はないだろうけれど、普通にするより恥ずかしい。

「アスマ、やっぱこっち向いて」
「ん?」
「…したい」
「え!」
「…や!違げぇよ!きっ…、キスだよ!」

だってほしいんだ。
仕方ないだろ。

「オレも、したい」

真夜中のせいにすればいい。
夜は、それを許してくれる。

−−−−−−−−−−

2006/09/07 制作
2006/12/30 up




ブラウザバックプリーズ。







































 


3.音楽

「何聴いてんの?」

オレの左のイヤホンが引き抜かれた。
シカマルはそれを自分の左耳に押し当てて、ふーんと言いながら隣に座った。
開かれた左耳にその声はやけに大きく聞こえる。
イヤホンはそれほど長くはないので、このままだといつ右のが外れてもおかしくない。
オレは右のイヤホンを左側に持っていこうと思って、でもふと手を止めた。
肩がちょっとくっついている。
いちいち細かいけれど、こういう些細な事でもしあわせなんです。
上げかけた右手は大人しく膝に置いておく事にした。

聴いているのは外国の曲。
結構お気に入りのコレは、たしか3枚目のアルバムだった気がする。

「オレ、こういう曲調好き」

曲が変わってから暫くして、急にシカマルが口を開いた。

「ふぅん、そうなんだー…」

何気ない風を装って答える。
が、内心とても嬉しかった。

当たり前じゃん?好きそうなの選んだんだからさ。

勿論オレも好きなのだけど、特にこの曲はシカマルが好きそうだと思ったからだ。
激しいわけでもなく、かといってバラードでもなく。

「貸そうか?」
「ん、サンキュー」

こういう時のシカマルの顔、すごくすき。
別にこれといって長いわけでもない睫毛が、それでも顔に影をつくって。
すこしだけ緩んだ顔は、いつものめんどくさい顔とはまるで別物。
口の形なんかもいつものとんがったものとは違う。

すぐにそれは消えてしまうけれど。
多分ソレはオレしか見た事がないんじゃないかと都合のいい解釈をしてしまう。
だって、こんな顔されてさ。
すきにならないなんておかしいじゃないか。

シカマル色に染まってしまったオレだから。
都合のいい解釈をしてしまったオレだから。
ちょっとばかし、調子に乗らせて頂きます。
願わくば、その顔がオレだけのものであるように。

なぁ、シカマル。
もっともっとオレ好みの曲を聴いてさ。
オレ色に染まればいいよ。

−−−−−−−−−−

2005/09/07




ブラウザバックプリーズ。







































 


4.鍵

チャリン

手から滑り落ちたそれは犬のキーホルダーのついた銀色の鍵。

「見た?」
「…うん」

自慢じゃないが、オレの視力はかなりいい。
既にシカマルの掌に覆われたそれから目が離せないでいた。
アレは。
思って、顔がニヤけてしまった。
ああもう。
だからオマエのことすきなんだってば。

「んな見んなよ」

照れくさそうに言うからどうしようもない。
人目がなければ、間違いなく抱きしめていた。
オマエ、どっかにやったとか言ってたくせに。

「な、一緒に帰ろっか」

そんなチンケなヤツよりさ。
お前には、もっと優秀な番犬が必要なんだよ。

−−−−−−−−−−

2005/09/08




ブラウザバックプリーズ。







































 


7.星

あの光は、過去の光が今見えている。
そんな事を、何かの本で読んだ気がする。
光の早さで何年、何十年、何百年なのだから、相当な距離。
そんな所から毎晩主張をするのは、それはとても凄い事だと思う。
もしオレの反応があちらにも届くとしても、何年、何十年、何百年後なのだろう。
それはとても長くて。

「腹減ったな…あ、そだ、今から一楽行かね?」
「いいぜー、シカマルの奢りで」
「バーカ」

こんなに近くでよかったと思う。

「オレ報告書出してくっからさー、ちょっと待ってて?」
「早くなー。オレ腹減ってんだから」
「おうっ」

だっていくらオレでも、そんなに待ってらんねーし。

−−−−−−−−−−

2005/09/17




ブラウザバックプリーズ。







































 


8.夜

月が魅せる。

任務も順調に終わり、ひっそりとした夜道を歩く。
比較的大柄な己の体に『ひっそり』は似合わないかもしれない。
電灯はポツポツとしか設置されていない為、月の光が頼りだ。
幸い今日は見事な迄の満月で、雲一つない夜空が真っ黒に染まる。
まるで自己主張をしているような光がそこにぽつんと切り込む。
太陽の光の反射とは思えない、その輝き。
クレーターまではっきりとわかるそれは、なかなか見れるモノではない。
隣のシカマルを見やる。
闇夜に溶けてしまいそうな程の、黒い髪。
そして眼。

「何」

視線に気付いた黒髪は、疲れも相俟ってか眉間の皺がいつもの二倍。
40センチもあった筈の身長差が、いつの間にか半分くらいになっていた。
上司と部下だった関係は、任務のパートナーになっていた。
そして、特別な存在にも。

「…何でも」

新しいタバコを取り出し、火をつける。
催促されたので一本くれてやった。
タバコからタバコへ。
移った火は、いろんなモノをちりちりと焦がしていく。
空気も。
この想いも。

「相変わらず…だ、な。アスマ」

折角人がくれてやったというのに。
オレの赤マルに文句を付ける気かコノヤロウ。
吐き出した紫煙は夜空に溶ける。

闇夜に見事なまでの満月。
発光体は、今はシカマルの背景でしかなくて。
うっすらと逆光を浴びるその黒髪を離さぬように強く。

月が魅せる。
オマエを。
オマエの全てを。

−−−−−−−−−−

2005/10/17




ブラウザバックプリーズ。







































 


9.鏡

話の中だけの事かと思っていた。
誰かが勝手に作った、ただの。

残念ながら自分は霊感なんてものを持ち合わせてはいなかったし、もとより信じていなかった。
いつものように起き、いつものように歯磨きをしていただけ。
ただそれだけ。

一人暮しをするようになってから家に呼んだのはたった数回。
その数回のせいで一時期この部屋に入ることをためらってしまった。
残り香を惜しむ。
やがては消え行くそれを忘れかけた時に、まさか、さあ。

いつものように起き、いつものように歯磨きをしていただけ。
うがいの為に上を向き、水を吐く為に下を向いた後。
その向こうにその姿。

「…何、してんの」

振り向きたかったのにそれができなかったのはわかっていたからだろう、きっと。

「盆でも何でもないけどさ、」

だからそれに関して奴は何も言わなかったしこちらとて何も問わなかった。

「ちょっと、様子見に」

後ろから感覚なく抱かれる。
暖かくも冷たくもないけれど、少しだけ。
あと少しだけ、このままで。

口に出さない願いなんてきっと叶う事など。

−−−−−−−−−−

2007/06/21




ブラウザバックプリーズ。







































 


10.水

最近特に暑いので家の周りを水打ちをした。
里中の人達がやれば2度くらいは下がるのにと誰かが言っていた。
調子に乗って近所の周りも水打ちをする。
隣のおばさんがえらいねぇと言って飴玉をくれた。
コロコロ頬張りながら更に隣の隣へ。
逐一水を入れに戻るのが面倒くさくなって途中で止めると通りすがりのセンセイ。
いいコいいコと頭を撫でられる。

センセイ暑くねーの?
暑いさ。
じゃ、脱げば?
えっち。
ちげーよ!マスクだよ!
あー、いーのいーの。

そ、だ。と桶の水をぶっかける。
水も滴るイイオトコ。

脱げば?
いーの。

頑固だなあ。

マスク取って。
何で?
センセの顔見てみたい。
駄目だよ、ダメダメ。
何で?

瞬間、目が薄らと笑う。

あ、

「だってさ、」

こういう顔、

「君が惚れちゃったら困るデショ」

嫌いじゃない。

−−−−−−−−−−

2007/06/21




ブラウザバックプリーズ。




fcさんありがとう。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送