86.距離感

手を伸ばせば届くこの距離がもどかしい。
きっと、世界中の恋する誰もがそう思っているんだ。

ドラマとか、小説とか、漫画とか。
いつだって文字どおりドラマチックに恋愛をしている。
それを見て憧れる人達はいるけれど、僕はどうしても歯痒くてならなかった。
けれど、いつかシカマルが言ってた。
『事実は小説より奇なり』
本当にドラマチックなのは、恋をしている本人達だって。

当の本人というべきか、僕は今『恋』と言うやつをしている、らしい。
らしい、というのにはちゃんとした理由がある。
僕は自分が恋をしているのかがわからないからだ。
他人から見れば『恋』をしているらしいけれど、当の僕にはその実感などまるでない。
笑っていて欲しいと思うのは当たり前の感情だし、人が喜ぶ顔が好きだから喜ばせてあげたいし。
みんなはどうやって『恋してる』だなんてわかんだろ?

僕といのは近くて遠い。
遠くて、でもとても近い。
幼馴染みってそういうもんだ。
誰よりも相手の事を知っていて、誰よりも知らないんだ。
矛盾してるっていうのはわかるけど、こういう言い方が一番しっくりくる。

キバが言うには僕はいのに『恋してる』らしい。
いつもはアホみたいにギャーギャー騒いでいるキバが、その時ばかりは至極真面目な顔をしていた。
キバはこういうことと天気予報だけは無駄に正確だ。
そんな彼が言ったんだ、きっとそうなんだろう。

「チョウジは、さ」

帰り道、いのが何気なく切り出した。
僕が相槌を打つと、少しためらってから続けた。

「すきなひと、とか いないの?」

瞬間、僕は「恋をする」意味がわかった気がした。
ああ、なんて厄介だ。

僕といのは近くて遠い。
遠くて、でもとても近い。
幼馴染みってそういうもんだ。
だから壊したくないんだ、この関係を。 この空気を。
誰も持ち得ない、この特権を。

近づきたいのに近づくことが怖い。
否、離れる事を恐れているから近付けない、か。
記憶がフラッシュバックする。
近づきすぎてしまったら、あとは離れるしかないから。

少し視線を泳がせて僕は口を開く。

「い……る、かな…」

語尾は消え入りそうだった。
それに返事に少し時間をかけてしまった。
どう思われたのだろう。

「……ふーん…」

いのの瞼がほんの少し下がったのを、僕は見逃さなかった。
少しでも憂いてくれるといい、なんて、なんとも身勝手な事を考えながら。

「うまくいったら教えてね」

言いたい事も言えず、僕はまだこの微妙な距離を保ったままでいる。

「うん」

『そのままでいい』なんて、甘い考えを持ちながら。

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2006/05/06

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