58.散歩

ずっと前から知っていた。
今でこそ隣にいるこの存在を。

子どもの頃、だなんて言うと今も十分子どもな気がしないでもないが、それでも子どもの頃。
朝早くから赤丸と散歩に出かけ、次いで森へ新鮮な空気を吸いに行く。
鳥が鳴き始める程の早朝の森は雰囲気が違う。
新しい空気が生まれる様な、息吹に触れるのだ。
身体を目一杯使い、木々を掻き分けるのは最高に気持ちがいい。
思う存分遊んだ後、開けた場所で休憩を取る事にした。
が、そこには既に先客がいた。

英雄の名が刻まれた墓標。
幾つも並ぶそこだけがずしりと重たく感じる。
そんな中に1人ぽつりと佇む男はずっと下を向いているので表情が読めない。
あんな所で何をしているんだろう。
一瞬そう思ったが、特に興味も湧かなかったので休憩所を変更した。
変なやつ。それだけだった。

だってまさかそれが三年も続くなんて。

散歩の折、気まぐれにそこに行くと必ずいるのだ。
しかもただずっと下を向いているだけ。
晴の日も。
雨の日も。
風の日も。
雪の日も。
まさかいるわけないよなと半信半疑で行くと、台風の日でさえも彼はそこにいた。

何なんだ。
何なんだ、一体。

『変なやつ』所の話ではない。
異常だ。
気にならない方がおかしい。
同じ姿で毎日のようにそこにいるので幽霊の類かと思う。
木ノ葉の忍の姿をした、不思議な。

そうこうしている内に、いよいよ幽霊の正体が知りたくなってしまった。
長らく押さえ込んだ好奇心は、一日中張り込むという実に面倒くさいことすら実行でき得る力があった。
決行は曇りの日にしよう。

食料、よーし。
望遠鏡、よーし。
武具一式、よーし。
クナイの使い方は授業で習っている。
手裏剣の命中率もほぼ100%になってきている。
いざという時の為に、小枝で作った十字架と塩とニンニクを準備してみた。
方向性がちょっと違っているかもしれないが気にしない。

準備万端でいつものようにそこへ行くと、やはりいた。
期待を裏切らない。
本当に方向性が違ってきているかもしれない。

「キミさ、毎日来るのはいいけどちょっとは気配消しなさいよね」

いきなり真後ろから声をかけられて仰天した。
そのついでに情けない雄叫びまで上げてしまった。
悔しい事この上ない。
ついでに。

「わ…!あっ……あ……」
「ビビリすぎ」

暫く上手く喋る事すらできなかった。
確かに先程までそこにいたのだ。
いつものように、いつもの墓前の前に。
というか、今もいる。

「第一さ、今日の恰好って何?仮装?色んな意味でおもしろいよキミ」

墓前の方が煙を出して消えた。
分身の術かよと舌打ちをする。
まあ、本当は影分身だったんだけれどもこの時は知るはずない。

「アンタさ、忍者だよな?」
「そうだよ」
「じゃあ幽霊?」
「ぶはっ!」
「笑うなよ!」

こっちは真剣に聞いているというのになんていう男だろう!
しかもいつの間にやら赤丸を手懐けて、優しく頭を撫でてやっている。

「違うよ、違う」

ようやく顔をしっかりと見ると、顔の大半を覆い隠した、

「ただの忍者だよ」

ニコ、と笑った片目になんだか安堵してしまった。

ただの忍者は毎日懺悔をするように墓前に立っていた。
聞いたのはずっと後のことだが、何となくその気持ちがわかった。
自分が見ていた事は知っていたらしいが、放置していたらしい。
奇妙だなぁ言うと、また優しく笑った。


「カカッせーんせ」
「お、どーしたの?今日は機嫌いいね」

ニシシと笑い、銀をぐしゃぐしゃとかき混ぜてやった。

「急になんて事するのこの子は…!」

あれから色々喋る機会があったりなかったりしていつの間にか自分は忍者の端くれになった。
そうすると自然と会う機会も減るわけで、何だかとても。

「寂しい、と思うのとはちょっと違うけど。でも朝以外でも会えたら嬉しいよね」

この大人を、もっと知りたいと思ってしまった。
ずっと前から知っていた、隣にいるこの存在を。

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2007/06/03

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